〜† Dedicated to Youko Takahashi †〜


 深々と粉雪が降りしきる1月下旬の夜だった。テレビとエアコンの
音をかいくぐって、細く切なげな声が僕の脳に直接うったえかけるよ
うに小さく響いた。「なんだ?」と立ち上がり何気なく窓を開けて見
ると、白く美しい雌猫がぴょんと部屋に飛び込んできた。
 一声「ニャン」と泣いて僕を見た後、一通り部屋を物色し、万年床
の上にちょこんとおさまり、毛づくろいを始めた。不思議と違和感は
無く、僕はその猫をごく自然に飼い始めた。雪にちなんでユキと名付
けた。

 ユキは田舎道の真中にぽつんと座っていた。枯草色の世界から小さ
く小さく浮き出ていた。僕を見つけると長いシッポをピンと立て、嬉
しそうにトコトコと小さい前足を小気味良く回転させ「ニィー」とな
きながら寄ってきた。
 抱き上げて玄関まで連れて行き、そっと降ろしてドアを開けるとサ
ッと滑るように中に入り、2階の僕の部屋への階段をタッタッタッタ
ッと器用に駆け登った。遅れて着いた僕はユキを部屋に入れ、冷蔵庫
のスライスチーズを短冊状にちぎり、手ずから与えた。ユキは端から
上手にハグハグとおいしそうに食べた。エアコンを入れる前の固く冷
たい空気がユキの周りだけふっと和らいだ。そんな秘め事のような日
々がしばらく続き、やがて枯草色の世界は少しずつ色づき始めた。  

 季節は春。浪人生だった僕は東京の大学に合格し、4月の頭から神
楽坂に下宿していた。
 大分の田舎と違い、山も川も見えない街だったが、昔、芸者さんが
多かったせいか何処となく艶があった。
 希望と不安と寂しさが混在する1週間が過ぎ、友達も出来始めた頃
、ユキとの別れが唐突にやってきた。母からの手紙でユキの死を知ら
された。原因は、はっきりしなかった。何か悪いものを食べたのだろ
うということだった。
 悲しかったが、そうも言っていられない日々が続いた。大学に通い
、友達と議論をしながら街を歩いた。靖国神社の鳥居の大きさに驚き
、皇居の周りの桜の美しさにも目を奪われた。
 そんな4月も中旬、心地よい暖かさに下宿の部屋でうとうとしてい
た僕の頬にふいに冷たい風が吹いた。かすかに「ニィー」という声が
した。「ユキ」瞬間的に胸がしめつけられ、下宿の窓を急いで開けた。
 薄明るい東京の空にユキの面影を淡く映し出すように
忘れ雪が降っていた。
                       
風亜夢愛

おまけ
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